北関東大震災、今回ほど安全と安心の違いについて考えさせられることはなかったですね。
特に震災の後の原子力発電所に対する対応は、まさにその違いが際立っていると思います。
原子力発電所は、30km以上離れていたら安全なのかもしれないけど、安心じゃないんですよね。被爆国としての日本の教育もあるだろうし、原子力発電所の度重なる事故もあるだろうし、なにより放射能が目に見えないところが不安感を大きくするのでしょうね。
安全に食料が供給されるとわかっていても、買い占めしてしまうのもやっぱり、不安な気持ちが収まらないからなんでしょうね。どんなに論理的に説明されたとしても、不安な気持ちというのは、感情なので押さえようがないものですよね。
東京にいたって安全だとは思いますけど、安心した気持ちになれないのはものすごく理解できます。そもそも、海外で暮らしている日本人だって、安全な場所に住んでいるにもかかわらず、祖国がなくなってしまうのかというような不安な気持ちになるひともいるみたいです。
お金があるひとは、安心を得るために、影響にならない程度に買い物をしたり、海外に一時的に逃げても良いのではないかと思ったりします。もちろん、混乱を助長するような行動は避けるべきでしょうけど、復興のためにお金が必要なので日本の内需が増えることは結果的に、復興の助けるになると思います。需要が増えれば税金が増えるのでそれを復興に使えば良いでしょうし、誰かの懐に落ちたお金は、募金という形で復興に使われるかもしれません。
ただし、どんなに遠くに避難しても、どんなに物を買い占めたしても不安なものは不安なんです。安全と安心は違う物ですから。では、安心を得るためには何が必要なんでしょうか。
それは、おそらくコミュニティとかコミュニケーションなんじゃないかと思います。まわりに家族や親戚や友達がたくさんいれば、きっと何かがおきたときはみんなで助け合うでしょう。それに、物理的な支援だけでなく不安な気持ちを伝えるだけでも、それに共感してあげるだけでも安心な気持ちになれるでしょう。
今回の震災で、買い占めに走っているひとは、孤独なお年寄りや主婦が多いと聞きました。そもそも、自分自身、一時的に海外に暮らしているためにあまり知り合いがいなくて、はじめの数日は不安な気持ちになってニュースにかじりついていました。
これを機会に日本に失われつつある、昔ながらの共同体やコミュニティが、震災と同時に復興していくことを願うばかりです。
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